「なでしこジャパン」を長く支え、2011年のW杯ドイツ大会を制覇したメンバーでもあるMF・宮間あや、GKの福元美穂が、常に日本女子サッカーの「中心地」としての存在感を示してきた「岡山湯郷Belle」が、2部最下位(10位)となり、2部昇格にかけた3チームとの厳しい戦いの最中にいる。
「未来へ走るなでしこリーガー」2部編第2回、苦しい入替戦に臨んだ湯郷のFW・岸野早奈(きしの・さな、25)は、「原点」ともいえる場所でプレーを続ける理由を「強かったベル、愛されるベルを絶対に途絶えさせてはいけないから」と、強いプライドをにじませる。
(連載担当 スポーツライター増島みどり・文中敬称略)
ー2年連続2部入替戦の湯郷ベル 岸野がレジェンドの背中に教えられたものー
岸野は、「今でも目に焼き付いて忘れられない」と強い口調で言った。なでしこリーグのみならず、日本女子サッカーの歴史そのものともいえる湯郷は今年、2年連続で2部リーグ最下位と沈み入替戦に回った。
それでも、今でも目に焼き付いた光景がある。それが、「戦う」理由だ。
東京都出身で、高校まで高校女子の強豪、村田女子高等学校でサッカーに打ち込んだ。卒業時に進学かクラブに入るか進路を考えた時、「なでしこリーグに行った方がもっと成長できるのでは?」と両親と話し合った。成長できると考えたのは、そのクラブが特別な場所だったから。
11年の女子W杯ドイツ大会で、優勝候補にもあがっていなかった「なでしこジャパン」が優勝。フィジカルでのハンディをものともしない、むしろ逆手に取るような圧倒的なテクニックと、一丸となって貫く戦術に各国が舌を巻いた大会だった。
その中心にいたMF・宮間あや(37、16年現役引退)、日本代表として活躍するGK・福元美穂(39=サンフレッチェ広島レジーナ)が在籍しており、自分を成長させてくれるクラブと確信した。新加入の選手が鑑賞するクラブの歴史を描いたビデオは、今でも忘れられないという。
01年、当時美作町が官民一体となった町おこしプロジェクトの一環として女子サッカーチームを結成。湯郷温泉の市民、旅館の従業員たちが中心となって全面的なバックアップ体制を敷く地域に根差したサッカークラブとして、男子を含めた草分け的存在でもある。本田美登里監督(58=現・ウズベキスタン女子代表監督)のもと、宮間らが一期生となってスタート。選手たちは旅館で清掃や仲居などを担当し、まだ芝のなかったグラウンドを使い、地域の市民や関係者がどれほど大切に、選手を迎え入れてくれたか。こうした歴史が感動的なビデオに詰まっていた。
「東京からいきなり岡山に加入したのでホームシックもあるだろうな、と覚悟はしていたんですが・・・そんな感情が消えてしまうくらい、ベルでの毎日は特別でした。このチームの一員となる誇り、責任をビデオが教えてくれました。今、チームは苦しい状況にいますが、あの時を経験させてもらった一人として、諦めてはいけないし、絶対に諦めずにこの町に恩返しをしたいと思っています」
岸野が加入した14年、湯郷はなでしこリーグの「レギュラーシリーズ」を制覇。ルーキーイヤーに宮間や福元といったスター選手とプレーし、レジェンドたちの背景にどんな歴史があるのかを知った初心が、今、苦しい状況に立つクラブを絶対になでしこリーグから落とすまい、と踏みこたえる強いエネルギーとなっている。
ーわずか2か月で帰国しなければならなかった豪州移籍ー
湯郷には4年間在籍。その後さらに可能性を広げようと、「アンジュヴィオレ広島」へ移籍し、19年には、かねて願っていた海外クラブに移籍する機会を得て、オーストラリアの「Boroondara Eagles FC」へ。メルボルンの空港に、ホームステイ先のご老人が迎えに来てくれ、移籍する友人と新しい生活をスタートさせた。しかし、年末にかけて新型コロナウイルス感染症が、日本よりも早くオーストラリアで始まり、これがサッカーでの移籍に大きな影を落とす結果となる。
クラブはプロ契約ではないので、それぞれが働いてサッカーを続けている。岸野もアルバイト先を探すため、ホームステイ先のホストに同行してもらい、ショッピングセンターなどに何度も面接に出かけた。初めて味わう
人種的な差別だった。
「どこへ行っても、コロナウイルスはアジアが感染源、だから日本人はダメ、と言われる。それがどんどんエスカレートしていくので、ホストファミリーが、早く日本に帰った方が安全だ、とアドバイスをくれて・・・わずか2か月で帰国せざるを得ませんでした」
20年早春に帰国し、もう一度湯郷でプレーするチャンスをもらう。心から喜んだ一方、クラブに3年ぶりに戻ると、ファンも、地域とのつながりも、岸野がビデオで感動した光景とは変わっていた。ただ1人、W杯優勝メンバーが在籍した黄金時代を知る岸野に、強い責任感が生まれた。
ーもし宮間さんがピッチにいたら・・・ー
ルーキーイヤーのプレシーズンマッチで、宮間に突然「さな!ちょっと来て!」と呼ばれた。トップで初起用され、どうしたらいいのか戸惑っていた時、宮間は「ボールをつなぐから、自分なりに思い切ってどんどんアピールしていいんだよ」と、背中を押してもらい2ゴールを奪った。トップレベルでプレーする自信が湧いた、そんな一言は今も忘れない。
チップキックを一人で自主練する様子を見守っていた宮間に、「こうすればもっと正確に、遠くに飛ぶ」と教えられたこともある。改めて、ピッチだけではない宮間の視野の広さに驚かされた。
全てのシーンが、今でも自分を励ます存在だという。
「宮間さんや福元さんとピッチに立つのは、新人だった私には考えられない経験で、とても緊張しました。でも、あの時掛けられた言葉、試合にどう臨んだのか、そうやってもまれたからこそ、今、苦しくてもベルでサッカーを続けられると感謝しています。宮間さんがもしピッチにいたら?・・・そうですね、きっと、もっとできる!諦めるな!と後ろから大声で言われるんじゃないでしょうか」
岸野は、湯郷ベルと町をつなげるゴールを来季も狙い続ける。
岸野早奈 プロフィール
1996年12月22日生まれ 東京都出身 ポジション FW
岡山湯郷Belle→アンジュヴィオレ広島→Boroondara Eagles FC→2020年より岡山湯郷Belle所属
リーグ戦初出場:2015年3月29日 18歳97日
写真提供=岡山湯郷Belle
岡山湯郷BelleURL:http://www.nadeshikoleague.jp/club/yunogo_belle/